あけましておめでとうございます

 

あけてから結構日がすぎてしまいましたが

あらためまして あけましておめでとうございます

今年もどうぞよろしくお願いします

 

ブログというものにいまいち慣れないもので

書きたいなと思うことがあっても

大それたことを書かなくてはと思ってしまい

そうするとおっくうになって 結局書かずじまい

 

もう少し ちょこちょこと小出しで書くと

きちんと続くのかもしれないななんて思っています

 

昨年は色々なことがあったなとあらためて思い返しています

 

そういえば年始はまだ大学院の修了制作でバタバタしていて

1,2月は修了制作、五美大展に モモのグループ展

そして3月に震災があって 4月予定だったアートアワードトーキョー(AATM)が

延期になり 5月に京都のアートフェアで京都に行って

重森三玲三昧の日々を過ごし(ワタリウムで展示やっていますね)

7月にAATMの展示があり 10月末に個展

11月に初インドネシアでしたがバリに10日間行ってと

なんだか目白押しな年でした こう書くととても充実しているようにみえますね

 

昨年も沢山の人にお世話になりました この場を借りてありがとうございました

 

さてさて個展のことは一つ前に書きましたので

今回はバリのことを

 

ヨーロッパ、アメリカなどのキリスト教圏は

結構脚を運んでいるのですが

今回は初めてのヒンドゥー教圏で(インドネシアはイスラム教が主流なので

バリは一つだけぽつんとあるヒンドゥー教の島でとても珍しいようです)

とても楽しみでしたので 沢山の寺院をまわってきました

 

ざっと書きますが、ウルンダヌプラタン寺院、タマンアユン寺院、ブサキ寺院、ゴアラワ(ゴア=岩、ラワ=コウモリ)、ゴアガジャ、

ティルタウンプル寺院、タナロット寺院、ウルワトゥ寺院

そしてアタ工芸とイカットという織物の有名なトゥガナンという古い村や、

芸術村と言われているウブド、

市場が沢山あり生活の中心であるデンパサール(デン=北、パサール=市場)

などをまわりました

ムンジャンガンという普通観光では行かないけれどダイビングをする人には

有名という北西のはずれにも半分は滞在して ダイビングをしてのんびりしました

 

バリは愛媛県と同じくらいの大きさの島なので

沢山まわれたのかなと思います

 

寺院で一番印象深かったのは

バリヒンドゥーの総本山のブサキ寺院でした

アグン山という富士山より小さいけれどバリで一番高い山を背後に臨む

ヒンドゥーの総本山であるブサキ寺院は

8世紀には仏教の修行の場だったそうで

また1917年のバリ島南部大地震の影響でバリ島で呪術 宗教儀礼が活性化した頃に

当時のオランダ植民地政府が バリ文化の保護者としての立場を内外に示す上で

ブサキ寺院を文化復興のシンボル的存在と位置づけその復興を重視し

それとともに旧王族を中心にブサキ寺院の儀礼体系が再構築されたことで

総本山的地位を占めるようになったという歴史があり

総本山という位置付けはバリ独自のものではないという所が

とても面白くもあるなという寺院でした

(宗教はいつも政治的背景に大きく左右され

また政治に利用されてきたのがよくわかる)

 

バリの人の生活は本当にヒンドゥー教とともにあり

朝からお祈りをし 各家々の庭には小さな寺院を各自が持っていて

(日本の神棚のような意識でしょうか)

町中 村中にお供えがあり そこここで何かしらのお祭りがあり

ホテルの従業員さんも朝になると ご飯粒を額に付けて接客していました

(お祈りのときに花を耳にかけてご飯粒を額の真ん中に付ける)

もちろんホテルの中にも小さな寺院があって

そこはヒンドゥー教徒の人以外は客でも入ってはいけないようになっています

 

こんなに宗教色の強い国も初めてでしたが

なんだかとてもしっくりくるものがあり

どうしてかいろいろ考えていたのですが

バリの人は信仰心が厚いですし きちんと儀礼もこなしますが

結構お祈りをすませた後などさっぱりしたもので

どちらかというと 宗教的なふるまいはすべて生活習慣という風に見えたところや

火の神様、水の神様、鉄の神様(実際行っているときに

鉄のお祭りの日があって 町中の車にお供え飾りがしてあって おはらいもしていた)

などとても信仰がアニミズム的で

むしろキリスト教圏に行った時に感じる宗教性より妙にしっくりくる

要因だったのではないのかなと思いました

 

食事もバリはご飯食がメインであちこちの山々には段々畑が広がり

豆腐もあり お魚もよく食べ 味付けも 辛い物もありますが

白菜の煮たのなんて とっても日本食の用な味で

飛行機で7時間くらいの距離ですが とても近しいところを

沢山見つけられる島でした

結構沖縄に似ていると感じる所も沢山あって

チャンプルという言葉はバリにもあります

 

実は行く前は食べ物のことばかり調べて行ったわたし

アヤム=鶏肉 パビグリン=豚の丸焼き

ソト=スープ ナシ=ご飯 チャンプル=炒める、揚げる

イカン=魚 などなど しっかり覚えて行き

ちゃんと現地のメニューでも何が出でくるかわかるくらいの予習ぶりでした

食文化がなにしろ気になってしょうがないのです

 

食はさておき最近の関心は宗教で

(ここ何年かすごく気になっていることの一つで)

わたしは信仰心など皆無の無神論者で

近しい人間以外の人を なぜ信じられるのか

全くわからない くらいだったのですが

最近は だんだんと信じている人の気持ちもわかるようになってた

もしくはこういう状況下なら まぁ信じたくなるきもちもわかる

と思うようになりました

決定的なきっかけは「シークレットサンシャイン」という映画で

なぜ信じるか なぜ信じなくなるのか 宗教の矛盾など

とにかくすごくいい映画でした

あとは身近なところでも母の友達の友人(遠いか)の

とてもさばさばしたキャリアウーマンタイプの しかも離婚を何度か繰り返していて

男の人を振り回しまくる 60代の女性がいて

その人がなんと昨年 秋頃にカトリック教徒になったとか

震災の影響もあるかもしれませんが やはり年を取ってきて

一人だと寂しいというのが本音なのではという母の言葉に なるほどな

と納得してしまったのでした

 

バリの人々を見ていても宗教は単純な信仰というより

大きな共同体をまとめる一つの方法であり

人とつながり 同じ思考を共有するツールなのだなと

あらためて感じる旅行となりました

 

また いろいろと考えっているうちに宮沢賢治の銀河鉄道の夜に出てくる

客船の沈没で命を失うことになった幼い兄弟と一人の青年がいて

その青年が 幼い兄弟を助けようとするけれど

助けるために他の人を押しのけるよりはこのままみんなで

神の前に行く方がよっぽどこの兄弟の幸福につながるのではないかと考えた

というシーンも思い出されて

シークレットサンシャインもそうですが

何か自分の力ではどうにもならない大きな困難が

目の前に立ちはだかったときに

そのような思考をできるようにするというのも

一つの宗教の効能なのだろうか(うまく表現できないな) 

なんて思ったりもしたのでした

 

 

変なしめですが沢山の人にとっても 

もちろん自分にとってもいい年でありますように

 

 

ブサキ寺院
ブサキ寺院